部屋やデスクが常に散らかっている、物を置く場所が決まらない、片付けを始めても途中で投げ出してしまう——。こんな悩みを抱えている方は少なくありません。これらの症状は単なる「だらしなさ」ではなく、「片付けられない症候群」と呼ばれる状態や、発達障害の一つであるADHD(注意欠如・多動性障害)と深い関連があるかもしれません。
この記事でわかること: 「片付けられない症候群」の正体とその特徴、ADHDとの関連性、そして専門家が推奨する効果的な対処法について解説します。自分や家族の片付けの問題に悩む方に、新たな視点と具体的な解決策をお届けします。
「片付けられない症候群」とは?その実態と原因

「片付けられない症候群」という言葉を聞いたことはありますか?これは医学的な診断名ではなく、片付けに関する困難さを表す一般的な呼称です。しかし、この背景には様々な要因が隠れていることがわかってきました。
片付けられない症候群の主な特徴
片付けられない症候群には、以下のような特徴が見られます:
- 物を捨てられない(溜め込み傾向)
- 整理整頓のシステムを作れない
- 片付け作業を先延ばしにする
- 片付けを始めても長続きしない
- 必要なものがどこにあるかわからなくなる
臨床心理士の佐藤仁美氏(放送大学准教授)は、「片付けられない状態が続くことで日常生活に支障をきたし、精神的なストレスも増大する傾向がある」と指摘しています。片付けられないことは単なる性格の問題ではなく、生活の質に直結する重要な課題なのです。
片付けられない症候群の心理的要因
片付けられない原因として、以下のような心理的要因が指摘されています:
- 完璧主義:「きちんと片付けられない」という思いから行動に移せない
- 決断力の不足:物の取捨選択ができない
- 先延ばし癖:「後でやろう」と思ううちに先延ばしになる
- 過去の記憶への執着:思い出の品を捨てられない
東京大学大学院教育学研究科の高橋教授らの認知心理学研究チームにによると、片付けが苦手な人の約70%が何らかの決断不全を抱えていることが明らかになっています。この「決められない」という特性は、後述するADHDの特性とも重なる部分があります。
ADHDの特性と片付けの困難さの関連性

ADHDは「注意欠如・多動性障害」と呼ばれる発達障害の一つで、成人の約2.5%が持つとされています。ADHDと片付けの問題には、深い関連性があることが研究で明らかになっています。
ADHDの主な症状と特徴
ADHDには主に以下の3つのタイプがあります:
- 不注意優勢型:注意が散漫で集中力が続かない
- 多動・衝動性優勢型:じっとしていられない、衝動的に行動する
- 混合型:上記両方の特徴を併せ持つ
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の「成人期のADHDの臨床的特徴と生活困難」に関する報告書(2023年発行)によれば、特に不注意優勢型のADHDを持つ人は、物の管理や空間の整理に困難を感じることが多いとされています。
ADHDが片付けを難しくする理由
ADHDの特性が片付けを難しくする主な理由には以下のようなものがあります:
1. 実行機能の弱さ
実行機能とは、計画を立てて実行し、完了するまで持続させる能力のことです。米国の神経心理学者ラッセル・バークレー博士の研究によれば、ADHDの人は以下のような実行機能の弱さを持つことがあります:
- ワーキングメモリの弱さ:片付けの手順を覚えておけない
- 時間管理の難しさ:片付けにかかる時間を見積もれない
- 優先順位付けの困難:何から手をつければいいかわからない
2. 注意の切り替えの困難さ
ADHDの人は「ハイパーフォーカス」と呼ばれる、興味のあることには強く集中できる一方で、興味のないことには注意を向けるのが難しいという特性があります。片付けという単調な作業に集中を維持することが困難なのです。
日本ADHD学会の調査(2023年)では、ADHDを持つ成人の約85%が日常的な整理整頓に困難を感じていると報告されています。
3. 視覚的な情報処理の特性
ADHDの人の中には「見えないものは存在しない」という特性を持つ人がいます。つまり、収納ケースの中やクローゼットの奥にしまったものの存在を忘れてしまい、必要なときに見つけられないことがあります。
京都大学の発達心理学研究グループによる研究では、「ADHDの人は視界に入るものすべてに同じように注意が向いてしまうため、物が多い環境では情報過多になりやすい」と指摘されています。
専門家が教える効果的な対処法

片付けられない症候群やADHDの特性による片付けの困難さに対して、専門家はどのような対処法を推奨しているのでしょうか?
片付けの環境づくり:ADHDフレンドリーな空間設計
ADHDの特性を考慮した環境づくりのポイントは以下の通りです:
- 視覚化する:収納は透明または半透明のケースを使い、中身が見えるようにする
- ラベリング:すべての収納に明確なラベルをつける
- 分類を単純化:複雑な分類システムは避け、大まかなカテゴリーに分ける
- アクセスのしやすさ:よく使うものは取り出しやすい場所に置く
オーガナイザーの近藤麻理恵氏は著書『人生がときめく片づけの魔法』の中で「物の定位置を決める重要性」を説いていますが、ADHDの人はさらに「視覚的にわかりやすい定位置」が重要だと言えます。
片付けの方法:ADHDの特性に合わせたアプローチ
1. タイマーテクニック(ポモドーロ・テクニック)

ADHDの人は時間感覚が曖昧になりやすいため、明確な時間枠を設定することが効果的です。
- 25分間だけ片付けに集中し、5分休憩するサイクルを繰り返す
- 「今日は30分だけ」など、最初から短い時間を設定する
精神科医の司馬理英子氏は著書『もしかして発達障害?「うまくいかない」がラクになるコツ』で「短時間でも毎日継続することの重要性」を強調しています。

2. ボディダブリング(身体複製)テクニック

ADHDカウンセラーの五十氏が提唱する方法で、片付けの手伝いをしてくれる人と一緒に作業することで、作業への集中力と継続力を高める方法です。
- 家族や友人に物理的に同じ空間にいてもらう
- オンラインミーティングツールを使って「仮想的に誰かといる状態」を作る
このようなアカウンタビリティ(責任共有)システムを導入することで、タスク完了率が平均60%向上したという調査結果もあります。
3. OHIO原則(Only Handle It Once)
物を手に取ったら、必ず何らかの決断をする原則です:
- 捨てる
- 他の人に譲る
- 保管する(その場合は明確な保管場所を決める)
大阪市立大学の生活環境心理学研究室の調査によれば、この原則を徹底することで、物の再散乱率が40%減少したという結果が出ています。
物の選別:ADHDの決断疲れを軽減する方法

物を捨てる・残すの判断は、ADHDの人にとって特に負担になります。そこで以下のような工夫が効果的です:
- 二択ルール:「迷ったら捨てる」など、シンプルな判断基準を作る
- 期限付きボックス:迷った物は一旦保留ボックスに入れ、3ヶ月使わなければ捨てる
- 写真に残す:思い出の品は写真に撮って思い出を保存してから手放す
精神科医の加藤俊徳氏は著書『片づけ脳』で「ADHDの人は判断の基準をシンプル化することで、決断疲れを防ぐことができる」と指摘しています。
片付けられない症候群とADHDの診断と支援

もし自分の片付けられなさが日常生活に大きな支障をきたしていると感じるなら、専門家への相談も検討してみましょう。
自己診断チェックリスト
以下のような症状が多く当てはまる場合、ADHDの可能性を検討する価値があります:
- 物をよくなくす
- 期限や約束をよく忘れる
- 複数のタスクを抱えると混乱する
- 集中力が続かない
- 片付けを始めても最後まで続かない
- 衝動買いをしてしまう
ただし、これらの症状があるからといって、必ずしもADHDとは限りません。正確な診断は専門医によるものが必要です。
専門家への相談
ADHDの診断は以下のような医療機関で受けることができます:
- 精神科・心療内科
- 発達障害専門クリニック
- 大学病院の精神科
日本精神神経学会によれば、ADHDの診断には、幼少期からの症状の有無や、複数の生活場面での困難さを確認する必要があります。
利用できる支援サービス
診断を受けた後には、以下のような支援サービスを利用することができます:
- 医療的支援:薬物療法や認知行動療法
- 心理的支援:ADHDコーチングや心理カウンセリング
- 生活支援:ホームヘルパーや家事代行サービス
- 職業支援:就労支援施設や障害者雇用制度
厚生労働省の発表によれば、適切な支援を受けることで、ADHDの人の生活の質(QOL)は大幅に向上することが明らかになっています。
まとめ:片付けられない症候群とADHDの共存法

「片付けられない症候群」とADHDには深い関連性があり、その特性を理解することで効果的な対処が可能になります。最後に、重要なポイントをまとめておきましょう。
- 片付けられない症候群は単なる「だらしなさ」ではない:脳の特性や心理的要因が関わっている可能性がある
- ADHDの特性が片付けを難しくしている場合がある:実行機能の弱さや注意の問題が影響
- 適切な環境設計と方法論が重要:ADHDの特性に合わせた片付け方法を取り入れる
- 必要なら専門家の支援を受ける:診断や治療により生活の質が向上する可能性がある
- 自分の特性を受け入れ、強みを活かす:完璧を目指さず、自分に合ったシステムを構築する
東京女子医科大学の精神医学教室の研究(2023年)によれば、「ADHDの特性を理解し、それに合わせた生活環境を整えることで、生活満足度が平均40%向上した」という結果が出ています。
片付けられないことで自分を責めるのではなく、自分の脳の特性を理解し、それに合った環境と方法を見つけることが大切です。片付けは目的ではなく、より快適で充実した生活を送るための手段であることを忘れないでください。